英日 誤訳どんぶり

英語から日本語への誤訳あれこれ 「人の訳見てわが訳直せ」
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さよならプレゼント(2015)

5年以上更新してなかったのですね。


お金がなくて住んでいるアパートを引き払うことにしました。ちょうどいい機会なので、蔵書も売り払いました。


当ブログの題材に使用した本は書き込みだらけで売り物になりませんので、欲しい方がいらっしゃれば、訳書と原書のセットを送料着払いでさし上げます。



プレゼント対象は次の3組です。


商品番号1



明日は誰のものか イノベーションの最終解 (Harvard business school press)


Seeing What's Next: Using the Theories of Innovation to Predict Industry ChangeSeeing What's Next: Using the Theories of Innovation to Predict Industry Change



商品番号2


人生に必要な荷物 いらない荷物 (サンマーク文庫)


Repacking Your Bags: Lighten Your Load for the Rest of Your LifeRepacking Your Bags: Lighten Your Load for the Rest of Your Life



商品番号3


天才! 成功する人々の法則


OutliersOutliers



以上、ご希望の方は当記事へコメントを付けるか、Twitterで記事のツイートしてその旨ご表明ください。「goyaku.jugem.jp」でエゴサーチしておきます。


期限は2016年1月4日 正午までにします。あとは古紙回収に出します。


『人を助けるとはどういうことか』はエッセンスを要約したいです。

『コンサルタントの秘密』は座右の書にしておきます。



商品番号1230



| 雑録 | 12:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
東京スカイツリーの問題点

気がつくと、建設中の新東京タワーがずいぶんな高さになっています。www.tokyo-skytree.jp を見ますと、3月20日時点での高さは328メートルだそうですから、"本家"の東京タワーの高さを超えるのも間もなくです。また、同サイトの情報によれば、タワーは2011年12月に竣工、2012年春には開業予定で、最高高さは634メートルになるとのことです。この高さは「武蔵」の語呂合わせにもなっているのだとか。


さて「東京スカイツリー」という名称の新タワーですが、私にはひとつ、心配ごとがあります。それは、本当に「ツリー」なのか、です。



■tree って辞書で引いてみた

英英辞典のオンライン辞書であるDictionary.com でtree を引くと、こう書かれています(下線はやしろ)。


まず、Random House Dictionary です。

a plant having a permanently woody main stem or trunk, ordinarily growing to a considerable height, and usually developing branches at some distance from the ground.
(恒久的な堅い繊維質の茎または幹を有する植物。通常は相当の高さに生長し、地面からある程度離れたところで枝を広げる。)

同じページのAmerican Heritage ではこうです。


A perennial woody plant having a main trunk and usually a distinct crown.
(1本の幹と通常は明確に認められる樹冠を持つ、多年生の堅い繊維質の植物。)

usually なのでむろん例外はあるのでしょうが、branches やcrown は付きもののように思えます。


タワーは建造物であり植物ではありませんから、厳密に当てはまる語義としては次項のこちらの方が妥当でしょう。


Something, such as a clothes tree, that resembles a tree in form.
(コート・帽子掛けなどの、形が木に似ているもの)


clothes tree というのは、画像検索で見るとこういうもののようです。clothes tree
(画像はwww.nolita.nl より)



用語について補足しておきます。「樹冠」とは

樹木の上部の、枝・葉の茂っている部分。(kotobank.jp >デジタル大辞泉)

で、植物に関してcrown を使うときは、

the leaves and living branches of a tree. (木の葉および生枝)(Dictionary.com)

の意味になるようです。



■tree に見えないツリー

ところが、www.tokyo-skytree.jp にあるタワーの完成予想図を見ても、どれがbranch やcrown に相当するかがはっきりしません。
新タワー完成予想図


展望台部分の張り出しが辛うじて樹冠に見えなくもないですが、やや苦しいです。この形は、ツリーだと認められるのでしょうか。英語を母語とする(または、母語並みに扱える)外国人観光客が「日本人にはこれがtree なのか」と誤解しなければいいのですが。



■そもそもツリーとは

「樹形図」「ツリー構造」「デシジョンツリー」などの言葉から考えても、ツリーとは枝分かれありきの概念ではないかと思うのです。


実際に、学習者用の辞書になると、

a tall plant which has a wooden trunk and branches that grow from its upper part (堅い繊維質の幹とその上部から生える枝を有する、背の高い植物。)(CALD)

と、例外は考慮しない書き方になっています。「ざっくり理解する」にはこれでいいということなのでしょう。



■実は予想外だった?

完全な邪推です。


新タワーの名称は、2008年に6つの候補の中から一般投票により決定されました。http://www.tokyo-skytree.jp/news/2008/06/11.html のリンク先のPDF文書に、投票結果がまとめられています。転載しますと、候補名称は次のとおりでした。(かっこ内の数字は得票数)


  • 東京スカイツリー (32,699)
  • 東京EDOタワー (31,185)
  • ライジングタワー (15,539)
  • みらいタワー (13,915)
  • ゆめみやぐら (9,942)
  • ライジングイーストタワー (6,426)

「こんなのも出しとこう」と“にぎやかし”で出した案が意外にも票を集めたのか、それとも「ツリー」を勝たせるため、あえて「タワー」の候補を多く出して票を分散させる策略だったのか、裏の意図や事情までは私に読めません。


ただ、新タワーを中心とした業平橋・押上地区の再開発プロジェクトの名称は、いまだに「Rising East Project」です。事業主体のほうは新タワーの名称決定を機に「新東京タワー株式会社」から「東武タワースカイツリー株式会社」に変わったにもかかわらず、です。そのあたり、どこか「ライジング」に未練が残るフシを感じないでもないです。



■姑息な?対策

上記の問題を意識してかどうかは知りませんが、東京スカイツリーのロゴマークは、あこぎにも?塔体の周囲にさまざまな色のドットを配して「樹冠」を作り、「ツリー」らしく仕上げられています。
スカイツリーロゴ
(www.tokyo-skytree.jp バナー画像より)



■抜本的対策の提言?

建設中の東京スカイツリーの写真を撮ってきました。
建設中の東京スカイツリー
(2010年3月27日撮影)


てっぺんに3基のクレーンが載って腕を広げているさまは、tree の名に恥じないものです。ツリーと呼ばれたいなら、いっそこの姿で止めた方が、「名は体を表す」になっています。


てっぺんに、とは言わずとも、完成後も小型のクレーンを残して「枝を茂らせて」おくのも、名称相応の体にする一案かもしれません。


| 雑録 | 15:20 | comments(0) | trackbacks(1) |
誤訳捜査:新シリーズは『人を助けるとはどういうことか』(原題:Helping)です。
■新シリーズ開始の口上

新シリーズの題材として、エドガー・H・シャイン『人を助けるとはどういうことか』(原題:Helping)を取り上げることにしました。普遍的価値のある内容なのに、ところどころ訳が残念だからです。全体から見れば些末なものではありますが、翻訳がまずいために日本語版で意味内容が損なわれている部分は、微力ながら補修しておこうと意を決して立ち上がります(大げさ)。


人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則 Helping: How to Offer, Give, and Receive HelpHelping: How to Offer, Give, and Receive Help



■自称金井ファン

本書が目に留まった直接のきっかけは、表紙に、監訳者として金井壽宏氏の名前が出ていたことです。手に取る前の段階で、金井氏が関わっているなら「はずれ」ではなかろうと感じました。


全部ではありませんが、氏の著書を割合に好んで読んでいますので、私は「金井壽宏ファン」を自称していいかと思います。経営学の分野にあって終始「人」に注目し続けている氏のスタンスが面白いからでしょうか。今さっき本棚を見て数えたら共著も含めて7冊ありました。たとえば『ニューウェーブ・マネジメント―思索する経営』など、15年以上前に出た本ですが今でも十分刺激的だと思います。



■先に原書を読んだ

今回も、先に原書から読むことにしました。原書『Helping』は、実に平易な文章で書かれています。私のような者でも、語彙のほかに特段の不自由は感じませんでした。それでいて内容は大変に深いものがあります。10年、20年経った後も十分に読む価値のある1冊だと思います。


原書を通読して、著者のシャイン氏の人となりが伝わってきた気がしました。「小っちゃいことは気にしない」私のアメリカ人のイメージとは全く異なり、非常に細やかな心遣いができる人だと感じました。たとえば飲み会の幹事とか、さらにはもっと大規模なイベントの企画・段取りだとかも、シャイン氏のような人に任せておけば何も心配いらないでしょうね。



■『人を助けるとはどういうことか』に見られる誤訳の特徴

いささか悪趣味な命名ですが、本書の翻訳を一言で言い表すなら「翻訳的統合失調症」です。ところどころ、一般人には意味不明で理解不能になります。


集計したわけではなくて体感での数値ですが、本書の誤訳の9割以上が、次の2つのパターンのどちらかに当てはまります。



1.語句間の関係の見失い

原文を解釈する上で、文中の節・句同士の関係を把握できていないことが多いです。たとえば、主節と従属節の関係や前置詞句の修飾・被修飾の関係などです。特に、関係代名詞や接続詞などでつながれて、1つの文の中に動詞・助動詞がいくつも出てくると混乱する確率が上がります。どれが主節の動詞か見失っていることもままあります。同系統の比喩を使うなら「英文解釈的見当識障害」とでも言えましょうか。


文末のピリオドに至るまでが長いとき、本書の訳者の方はカンマあるいは接続詞・関係代名詞の前で訳文を分けています。その手法自体は特に問題になるものではありませんが、構成語句の関係を見失ったまま行われると、ときとして意味不明な訳文ができあがることになります。



2.語義の取り違え

多義語の意味を取り違えているケースがままあります。自作の例文でどういうことか説明しますと、
My grandfather used to draw still lifes.
という文があったとして、
「祖父はよく静物画を描いていた」とでも訳すべきところを、
「祖父は依然として人生を引き出すために使った」
としている、といった話です。


上で設定した例は極端なものですが、これに近い「取り違えの複合技」はいくつか見られます。原文のほかにときどき辞書も読めなくなるようです。



その他:アレンジしすぎる

その他、必ずしも誤訳に結びつくものばかりではありませんが、訳文に余計な(と私には思える)アレンジが加えられるケースが散見されました。たとえば、
This is a pen.
という文があったとして、「これはペンだ」で必要十分なところを
「これはペンのはずだ」「ペンだと言えよう」「こうしてペンになる」みたいな格好にしています。


前後の流れも見た上で、原文の意味から外れすぎているものを以後具体例として取り上げることにします。なお上の3つの「アレンジしすぎる」例は、自分の判断基準では許容範囲とします。


ちなみに本書で正しく訳せていない単語の代表の1つが「is」です。特に前半の章で、文型としては「This is a pen.」と同じ型の文を誤訳していることが多かったです。



■つまらないシリーズの予感?

というわけで、このシリーズはこれまで以上につまらないものになりそうです。この後は、上記の2パターンに集約される誤訳を個別具体的に見ていくだけの作業となりそうなので。考察に値するような面白い間違いもほとんどなかったように思います。月に1〜2章のペースで、ちんたらと進めていく予定です。


逆に言えば、上に挙げた2つの症状さえ克服できれば、本書の訳の間違いはほぼなくなるということになりますから、訳者の方には今後研鑽を積んでいただきたいものです。



■訳者について

訳者として名前の出ている金井真弓氏について、訳書巻末に載っていたプロフィール以上のことは存じません。同じ「金井」姓ですが、私が確かめた範囲では壽宏氏と姻戚関係などはなく、同姓なのは単なる偶然のようです。



■ひとこと

本書で述べられていた内容に照らせば、頼まれてもいないのに手を貸すことは支援の原則から全く外れた行為になることは承知しております。訳書の刊行に携わった関係者の方々には多分helpful とはならないでしょうけれども、その他何らかの動機でこのブログにたどり着いた誰かの助けになれれば幸いに思います。

| 雑録 | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
お知らせ:ツイッターで「トーク」始めました

先日、書店に立ち寄った際に『カキフライが無いなら来なかった』という変わったタイトルの背表紙が目に入り、手にとって開いてみると自由律俳句集で面白かったので、買って帰ってその日のうちに読み終えました。



カキフライが無いなら来なかった

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タイトル同様に中身も不思議な味わいがあって、自分でも自由律俳句を作ってみたくなりました。以前に、自由律の代表的な俳人である種田山頭火の句集も読んだことがありますが、そのときは自分も作りたいとまでは思いませんでしたから、その意味では山頭火以上の影響を受けたと言っても過言ではありません。


と同時に、ツイッターを投句用のプラットフォームに使うというアイデアが浮かんだので、さっそくツイッターのアカウントを取って自由律の投句を始めました。アカウント名は「自由律っぽく」ということで、jiyuuritsu_poc です。あまり一般的でないツイッターの使い方である気もしますが、そんなことは関係ありません。


剣術家が木刀で素振りを行うように、日課として毎日1つずつでも日常ないし心情を投句していこうと思います。ご高覧いただければ幸いです。


| 雑録 | 12:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
なぜ翻訳書の誤訳はなくならないのか

年頭所感を気取って最初の記事はこのタイトルでいこうと決めた2010年も、早や1割以上が消え去ってしまいました。みなさま、あけましておめでとうございます。


ここまで「まるごと1冊」としては『コンサルタントの秘密』『人生に必要な荷物 いらない荷物』『天才!』の計3冊を見てきました。そのわずかな経験だけで、タイトルのようなエラソーなことを論じる試みです。



■最大の要因は「読めていない」だが…

まず、誤訳が生まれる最大の要因は「原文を読めていない」ことにあるのは間違いないでしょう。ここでは「なぜ読めていないか」の要因を掘り下げ、誰もが気づきそうなところは脇に置いて、2つマイナーな視点を提示したいと思います。



■1:仕事だから

「なぜ読めていないか」を考えると、その要因の1つは、「仕事だから」です。


ひと口に「読めていない」といっても、そのレベルは千差万別ですが、『天才!』では、じっくり考えれば、またはとことん調べれば、防げたのではないかと思える間違いがいくつか見られました。一般化して言うと、「できる能力はあるはずなのに、それが発揮できていない」というパターンです。


ではなぜ、間違いが防げなかったのか。突き詰めればそれは「仕事」、すなわち「依頼に基づき、一定の締切が設定された状況でされるもの」だからでしょう。時間的な制約があるなかで、「じっくり考える」「とことん調べる」といったような、労力と(金銭以外も含めた)報酬が見合わないことをやるのは、仕事人として賢明な判断ではありません。



■2:誰も困らないから

もう1つの要因は、「誰も困らないから」です。


3冊ぶんのを検討を終えて振り返ると、偶然なのか何なのか、合計の記事数がどれも100件弱であることに気が付きました。複数の記事に分けて検討を重ねた箇所もありますし、そもそもすべてが正当な指摘である保証もありませんので、そのまま誤訳の件数とするのは乱暴ですが、どの本にも「なんでこんな間違いが残っているかな〜」と首を傾げてしまうようなひどい誤訳があったことは事実です。


しかしそれでも、マクロなレベルで見れば、たとえ1冊の翻訳書に3桁前後の誤りがあったとしても、大勢に影響ないと言ってしまっていいと思うのです。どの本もそれなりに読んで面白く、また、何かしら得るものがあり、となると、これだけ伝わっているのならば翻訳書としての務めは十分果たされているのではないかという気がしてくるのです。


ネットで他の方の感想を見てみましても、「読みにくい」、多少敏感な人だと「ところどころ変だと感じる」以上に大して困っていないようにも見えます。「読みにくい」という評価も多分に主観的なもので、意見が分かれていますし、何より1冊の翻訳書をめぐって読者が意見交換ができること自体が、程度はどうあれ「伝わっている」ことの証左と言えるのではないでしょうか。


ふだんの日常生活を振り返ってみても、同じ日本語を使っている場合でさえ、どうしてこうも伝わらないのかと感じる経験の方が多いように思えてなりません。余談でした。



現状追認のようになってしまいますが、まとめると、出版する側も読む側も、現状以上に誤訳を減らす方向へのインセンティブが働きにくい構造になっているということになります。


| 雑録 | 13:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
眠る盃、夜中の薔薇、そして秋の宮島

向田邦子の随筆に、「眠る盃」というのがあります。唱歌《荒城の月》の歌詞にある「巡(めぐ)る盃」を「眠る盃」と間違って覚えていた、という話です。それから、こういうのも同工異曲というのでしょうか、同じく向田による「夜中の薔薇」という随筆もあります。こちらは、《野ばら》の「野中の薔薇」が「夜中の薔薇」です。


と、書き出してはみましたが、両方とも(というより、向田邦子の書いたものは何も)読んだことはありません。いろんな人がそう言っているので、たぶん、そんな内容なのでしょう。


私自身にも、子供の頃にしていた同じような思い違いはいくつかありました。どれも、地名にまつわるものです。思い違いをしていたのは、関西で育ったので、他の地方の名前になじみがなかったのが原因かなと思います。


1つめ。日本三景のひとつである「安芸の宮島」を、しばらく「秋の宮島」だと思っていました。三景といっても、秋以外は3つ揃ってないのかとも。


2つめ。サザンオールスターズの《勝手にシンドバッド》(1978)の歌詞の冒頭、「砂まじりの茅ヶ崎」を、あるときその地名を知るまでずっと「血が咲き」だと思っていました。「砂まじりの血が咲き 人も波も消えて」ですから、つまり、浜辺でケガをしたのに周りに助けてくれる人がいない状況を唄っているという解釈です。そりゃ、♪それにしても涙が 止まらないどうしよう ってなるわな、と思っていました。


3つめ。東名高速道路は、目に見えないと思っていました。みんな「東名」「東名」と言っているので、そうか「とうめい」なのかと。しかし、かなり走りにくいんじゃなかろうかと。


どれも「正解」を知っている今からすれば、恐ろしくひどい誤解ですが、知らないというのはそんなものでしょう。


そう書いてきて気が付いたのは、自分が日本語を習得してきたプロセスでは、新しい語彙の多くが、耳から入ってきていた、という事実です。なので、英語にしても他の外国語にしても、語彙を増やす段階に来たら、聴くことに多くのウエイトを置いた方がいいのかもしれません。


| 雑録 | 06:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
誰をも輝かせるには差別が不可欠

以前流れていた、あるヘアケア製品のCMの文句が気になっていました。こう言っていたからです。


魅惑の成分が、誰をも輝かせる

それを言うなら「誰もを」じゃないでしょうか。



「誰をも」で意味が通じるような読み方を考えていくと、不愉快な結論ですが、人間を差別しない限り不可能だということになります。以下に詳しく述べます。



広辞苑によれば、「を」は「対象を示す」格助詞、「も」は「最も実現しにくく、条件としては最高のものであることを示す」係助詞だそうです。



  • 横綱を 敗る
  • 横綱をも敗る


言われている事実はどちらも同じですが、後者の方が「も」の分だけ情報量が多いです。「も」によって、暗に「条件としては最高でないもの」との対比がされています。ここでは「大関」や「上位力士」などですね。それらとの対比を暗示させることで、「も」には一種の驚きが込められています。ですので「を」と「をも」では、敗った側の人物像も多少違ったものになります。大関や、金星をたびたび獲得しているような力士には「をも」は使わないでしょうし、そうした力士に使う場合には、通常以上に勝ち続けていることが暗黙の前提になります。



CMの文句に戻りますと、「誰=すべての人」と暗に対比されているものって何なんでしょう。その前段で人同士の対比をしたいなら、人種、国籍、民族、宗教、性別、容姿、社会的地位など、ともかく何かしらの基準で人間をカテゴライズしなければいけません。


  • 魅惑の成分が、「この製品のユーザーとなって当然の美人を、そして」誰をも輝かせる

たとえば上のような差別を前提としているのなら、「誰をも」でまったく問題ありません。



さて、このCMを流していたメーカーは、どのような差別を前提にしていたのでしょう。


| 雑録 | 07:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
『日本人なら必ず誤訳する英文』にまでチャレンジ

『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文』(ディスカヴァー携書)を読みました。


越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 (ディスカヴァー携書)

非常に情報の密度が高く、1000円(税別)はお買い得でした。大変勉強になりました。第1章(その10)で取り上げた、three times more than が「4倍」になるという話も、そのまんま載っていましたし。というより、もしこの本を読んでいなかったら、そこには気づきさえしなかったというのが実態です。



ただ解説に添えられていた訳例でひとつだけ、ひっかかったものがありました。


分詞構文で分詞側の主体が文の主語と違っても、分詞の前に意味上の主語が付かない場合もあることが解説されていた文です。その本題とはまったく関係ないところです。(下線はやしろ)



Her head leapt from the pillow, staring wildly into the darkness.
頭が枕の上からはずれ、彼女は闇に目を凝らした。 (p.69)

前後の文章がないのでこれで正しいのかもしれませんが、むしろこうではないかと思いました。



枕から頭をさっと起こし、彼女は暗闇をじろじろと睨みつけた。



「はずれた」のではなく、「自分の意思で外した」とする解釈です。ただしそれを客観的な動きとして描きたいので、(広い意味で)非生物であるHer head を主語にしているのだろうと思います。


彼女があお向けに寝ていたとして、枕に頭を付けたままの状態で見えないのは、足の裏が向いている方向です。そちらに何か気配を感じて、というシチュエーションではないかなと想像します。あごを引いて首から上だけを起こし、爪先の方向をじっと見ている、といった状態ではないでしょうか。


「上半身をがばっと起こした」とする取り方もありそうですが、だとしたら「頭と枕」が中心ではない言い方をするような気がします。なんとなくですが。



「人間以外が主語で、意思が介在しそうなleapt」の例を探してみました。以下の文は、そのパターンだと言っていいと思います。


Naturally, my head leapt from my laptop to TV screen upon hearing the word uttered on a sports network.
(スポーツチャンネルから流れてきたその言葉を耳にしたとたん、当然ながら、私の顔はノートPCからテレビの画面へと向いていた。) blogs.zdnet.com より

これも『日本人なら…』の例文と同じく、hearing の意味上の主語(I)が文の主語(my head)と違うのに省略されている形ですね。それはそれとしまして、半ば反射的に、といったニュアンスで「目がテレビ画面に釘付けになった」とするにしても、それは一種の修辞であって、その動作は話し手の意思によるものと言っていいでしょう。いや、そもそも人に「意思」など存在するのかなどという議論にまでなると、深みに入り込むのでこれぐらいでやめます。


あと、厳密に考えると、あお向けで枕に頭を付けたままの状態では「つむじ方向」も見えません。しかしそちらを見たいときは違う動作になると思いましたので、その可能性は除外しました。


| 雑録 | 06:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
心に残るほどでもない言葉―人生編

このブログのアクセスログを見ますと、件数は少ないのですが、コンスタントなペースで若い方からだろうと思われるような検索ワード経由でのアクセスがあります。


そこで今回、特に若いうちは誰もがふと考えそうな疑問に対する答えを、おっさんからの「心に残るほどでもない言葉」としてFAQ形式でまとめてみました。



人は死んだらどうなるのですか?

死んだ人に聞いてください。


生きることの意味って何ですか?

生きることに意味はありません。


なぜ生きるのですか?

生まれたからです。


なぜ人を殺してはいけないのですか?

決まりだからです。


自殺もいけないのですか?

はい。自分も例外ではありません。


本当の自分がわかりません。

わからないと思っているあなたは誰ですか?


「自分」って何ですか?

謎です。


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新シリーズはマルコム・グラッドウェル『天才!』(原題:Outliers)です。
■新シリーズ開始の口上

新シリーズの題材として、マルコム・グラッドウェル『天才!』(原題:Outliers)を取り上げることにしました。グラッドウェル氏の著作は話の切り口が面白くて好きなので、『The Tipping Point』を題材の候補の1つに考えてはいたところに、昨年に新著が出ており、近いうちに翻訳も出るという話を耳にして、じゃあそっち!と飛びついた、といったところです。



天才! 成功する人々の法則天才!  成功する人々の法則 OutliersOutliers



本書に含まれる誤訳が多いのか少ないのか、私には判断基準となる「相場」が分からないので、そこはなんとも言えません。しかし絶対数で言えば、しばらくネタには困らないぐらいの誤りは見つかりました。比較対照をひととおり終えて、今、順番に記事にまとめているところです。今後、順次紹介していきます。



今回、今までとは違うアプローチを取って、先に原書を読み、そのイメージをベースに訳書と比較対照をしてみました。結論を言えば、先に訳書を読んでいたこれまでと大差なかったです。ただ1点「原文を読んだ時点でこんな意味かなと受け取り、訳でもそれと同じ解釈だったが、日本語で読むとどこか変に感じて、よくよく考えて確かめていくとやはり間違いだった」という、ちょっと不思議な体験がありました。具体的な内容は、その箇所に来れば触れます。忘れていたらすみません。




■『天才!』に見られる誤訳の特徴

本書に見られる誤訳の特徴を大分すると4つに分かれます。



1.数字に弱い

これが最大の特徴です。数字や数量的記述に関する間違いはたくさんあります。



2.much が少々苦手

1.とも関連しますが、翻訳と関係なしに、そもそも数や量の扱いが得意ではないようです。比較級のmore も含みます。



3.危なっかしい

日本語での言い回しを優先させた結果なのでしょうか、許容範囲内のものが大半ではあるんですが、原文の時制や語句の関係などが訳になると違ってしまっていて、比べていて「うーん…」ともやもやしてしまうことがしばしばでした。


このシリーズでは、許容範囲外のもの、すなわち「読み方がおかしい結果、原文の意味内容のずれが(私の判断で)許容できる限度を超えているもの」だけを挙げることにします。



4.ときどき、自分勝手

ストーリーに沿わせてはいるものの、原文に書いていないことを足したり、原文の語句を都合のいいように解釈したりする点が見受けられました。また、日本語として主述のペアが変だったり、そんな言葉あるの?と思わされたりする箇所もありました。




■おことわり

誤解しないでいただきたいのですが、私はここで『天才!』の翻訳が欠陥品だと言いたいわけではありません。むしろ、やるべき作業をきちっとやっている印象を受けました。一部で細かいミスが残ってはいますが、手間をかけるべきところにちゃんと一定の手間がかけられていることがうかがえます。それに、込み入った原文を過不足なくかつ簡潔な文章できれいにさばいてあって「ほぉそうなりますか」と勉強させてもらったところも少なくありません。


ただそれだけに、あと数週間と数10万円を私にでも使ってくれたら、もっと間違いが少なくなったのになーと、残念な思いがするのは確かです。まあ、頼まれてなくても、結局やってしまっているわけですけど。


いいところには目を向けず、悪いところばかりをことさらに取り上げるという、NHKスペシャルの制作スタッフのような姿勢で臨むのがこのブログの基本方針ですので、なにとぞ趣旨をご理解いただきたいと思います。




■訳者について

『天才!』の表紙には「勝間和代=訳」と書かれています。しかし私は、書店で本書を手に取り、適当に開いたページをさっと読んだ瞬間「これは勝間氏が訳したものではない」ことがすぐ分かりました。「勝間和代≠訳」です。具体的な根拠はありません。「なんとなく」です。


おっと、これはグラッドウェル氏の前著『第1感』のテーマでしたね。



原書と突き合わせて比べる過程でも、その印象は強化されこそすれ、覆されることはありませんでした。訳文を作って確定させるという意味では、勝間氏は翻訳作業に一切関わっていないように思います。訳したのは別人でしょう。上に挙げた誤訳の特徴のうち、「危なっかしい」は前半に、「自分勝手」は後半に目立ち、それぞれ反対側ではあまり表れていなかったので、あるいは2人の方が分担されたのかもしれません。このブログではこれまで出版物以外も含めていろいろな訳を取り上げてきましたが、読んでいてここまで訳者と訳文のイメージが一致していないケースは初めてと言っていいほどです。



と、そのように思ってはいますが、訳者氏名の表記をする場合は、額面どおりに勝間氏の名前を挙げておくことにします。



そこを確認する方法は、あると言えばあります。『天才!』には、原書と突き合わせると「なぜそうなっているのか?」が分からない相違点が何箇所かあります。単に該当部分のみを突き合わせただけでは、その理由は分かりません。勝間氏に直接回答を聞ける機会があったとしたら、そこを3つ4つ突っ込んで尋ねてみれば、本人が本当に訳したかどうかはすぐに分かるように思います。原書とは相違がある状態で訳文が確定するまでに、必ず何らかの検討が加えられて「それでいこう」という判断があったはずですから、訳者としてその経緯を話してもらうわけです。



ただ私自身は、勝間氏が本当の訳者であるかを究明することに、大して興味はありません。よって訳者であるか否かがはっきりしそうな“キラークエスチョン”を隠しておく必要もないので、そうした相違点についても順次取り上げて、その謎を解明していきます。それに、実際に誰が訳していようが、間違いは間違いですから。


また、仮に勝間氏本人が訳していないことが明白になったとして、そこを追及することにも興味はありません。名義貸し的な慣習そのものについてだけ、しばらく考えておきます。



■最後にどうでもいい話

新シリーズの開始を記念して、これから「誤訳捜査官」を自称することにしました。単に語呂がいいからです。


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※それぞれ、第1回目の記事へのリンクです。
シャイン『人を助けるとはどういうことか』(全129回)
Chapter 9(7)|Chapter 8(17)|Chapter 7(17)|Chapter 6(8)|Chapter 5(11)|Chapter 4(17)|Chapter 3(18)|Chapter 2(19)|Chapter 1(8)|まえがき他(1+6)
グラッドウェル『天才!』(全99回)
エピローグ他(6+1)|第九章(3)|第八章(10)|第七章(13)|第六章(7)|第五章(13)|第四章(10)|第三章(4)|第二章(10)|第一章(19)|プロローグ他(1+2)
ライダー/サピーロ『人生に必要な荷物 いらない荷物』(全99回)
エピローグ(11)|第七章(10)|第六章(10)|第五章(9)|第四章(20)|第三章(10)|第二章(8)|第一章(16)|プロローグ他(1+1+3)
クリステンセン『明日は誰のものか』
第1章(16)|用語集(4)|序章(18)|謝辞(8)
ワインバーグ『コンサルタントの秘密』(全90回)
§11-14(20)|§7-10(39)|§4-6(21)|§1-3(10)
マッカーサー「老兵は死なず」(全20回)
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